2018年12月





共同通信の発表によりますと、この新設される特急列車の名称が、「富士回遊」になることがわかったそうです。


列車名がオール漢字って言うのも珍しいですね。たぶん東武直通のJR車で運転される特急日光以来じゃないですか。すべて漢字の愛称が設定されるのって。



あとJRの春のダイヤ改正が3月16日というのも判明。その概要が明日発表と言うことまで報道されちゃいました。

楽しみに待ちましょう。

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久々の盲腸線制覇。

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駅舎は結構綺麗でした。施設の中はいろいろありそうだけど、折り返しの時間も短いし、外観撮るのも寒すぎてこれ以上駅から離れたくないわの、とにかく駅舎マニアの天敵の私、そのまま戻ります。


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左沢16:15発→山形16:56着 左沢線普通 キハ101形

来た道を同じ戻ります。

車内は学生メインかと思えば意外と成人客が多かった印象。会話を聞く限り、忘年会に向かう人が多かったようですね。そういえばもう12月でしたね。そりゃ列車降りたらどこもクッソ寒いわけですよ。
 
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終点の山形では仙山線が待っててくれました。いや乗らないけどさ。

仙山線は5~6年前に乗りつぶしましたからね。次乗る時は山寺とかで降りたいものですが、だったら行くのは昼間ですよね。なので今回はパス。ちゃんと家に帰りましょう。

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山形17:05発→大宮19:22着 山形新幹線つばさ154号 E3系2000番代

最後は爆睡して帰ろうと思ったんですが、

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今回の旅、あまり飯を食ってなかったので、晩飯にはちょっと早いけどおやつには遅すぎる牛肉ど真ん中を食べてから爆睡してました。


さすがにこれで2018年の旅行は全て終了。


2019年はどこからスタートするとかは決めてませんが、とりあえず新年早々どこかへ行こうかと思います。



2006年12月11日。

当時鉄道ファン真っ盛り(?)の私が、ホームページを作ろうと頑張るも、HTMLとかなんか色々理解できず、暫定的にと思ってたどり着いたYahoo!ブログ。

そしてこのブログを公開してから早12年・・・・・・。


当時12歳の少年が、24歳の青年に。倍だよ倍。




そういえば去年の今日は、もうすぐYahoo!ブログもリニューアルされるし、そういう流れについて行けるのか心配していましたが、去年の私、安心してください。未だにリニューアルされてません。
 




なんだかんだこのままブログ20周年とか迎えられることを祈ります。





山手線と京浜東北線の品川~田町間に設置される新駅の名称が、「高輪ゲートウェイ」と発表されてもうすぐ1週間経ちますが、いまだにその駅名に熱烈大反対の人もいるみたいで、反対ネット署名運動も行われているとか。


なんだいなんだい、カタカナ駅名はおかしいだのなんだの。どうせほとんどが高輪関係ない人が書き込んでるんだろ?

こちとら最寄路線がたったの2年東武スカイスリーライン東武アーバンパークラインと言う、ナウでヤングなイカした名称にされた埼玉県春日部市民だよ!あの当時は度肝を抜かれたよ!

できれば高輪、芝浦、泉岳寺ら辺の住民の皆さんを中心に議論していただきたい所ですが、どうせ時間がたてば名称なんて慣れるもんですよ。ええ。自分ら世代はあんまいですが、後輩とかはわりと使ってますよ。


んで、今回の高輪ゲートウェイですが、旧田町車両センターなどの跡地を利用した再開発事業の一環で建設されている新駅なんですよね。


ふと思い浮かんだのが越谷レイクタウン。
高輪ゲートウェイと一緒で、地名プラス謎のカタカナ駅名です。

でもまぁ、これは越谷レイクタウンという区画整理事業の方が先だったはず。


今回の高輪ゲートウェイって、あの再開発エリアの名称ってたぶんまだ決まってないですよね?



そこでちょっと気になったのがさいたま新都心。
こちらの駅名はさいたま新都心。旧大宮操車場などの再開発地域もさいたま新都心。

いたって普通の駅名を付けただけですが、ちょっと歴史をソースWikipediaでさかのぼってみますと、

1993年6月、旧国鉄操車場跡地に、国の10省庁17機関の移転決定

1999年4月、地区名称を「さいたま新都心」に決定

2000年4月1日、さいたま新都心駅開業

2000年5月5日、さいたま新都心街びらき

駅名決定がいつなのか、ちょっと調べても出てきませんでしたが、流れ的には間違えていないですね。


しかし、ここにさいたま市の歴史を重ねてみると、



1993年6月、旧国鉄操車場跡地に、国の10省庁17機関の移転決定

1998年~99年頃、新市名検討委員会から新市名公募と報告されるも、旧大宮市が審議をボイコットするなどゴタゴタ。

1999年4月、地区名称を「さいたま新都心」に決定

1999年8月、なんとか公募実施で合意、公募開始

2000年1月、市名公募開始

2000年3月、新市名が「埼玉市」、「さいたま市」、「彩都市」、「さきたま市」、「関東市」の5案に絞られる

2000年4月1日、さいたま新都心駅開業

2000年4月24日、新市名「さいたま市」に決定

2000年5月5日、さいたま新都心街びらき


とまぁ、ざっくり遡ってわかったのが、ひらがな表記で県庁所在地で一番ださいとされる「さいたま市」よりも先に「さいたま新都心」の名称が決定していたこと。

そしてこの「ひらがなさいたま」の先駆けさいたま新都心駅であったことですね。



だ埼玉県民の私もびっくり。人口130万人の市名が新都心プロジェクトの方が先駆けだったなんて。



ンで、今回の高輪ゲートウェイは市町村合併とかそういう話はセットになっていませんが、この新駅名がまんま周辺開発地域の名称に持っていかれるんでしょうね。

だからこそ、純粋な「高輪」とか「芝浦」ではダメだったのでしょう。



さいたま新都心は授業主体が国と埼玉県とURでしたが、今回はもろにJR東日本が主体ですからね。開発地区のまさに玄関口となる駅名は、公募とは言え、その中からよりコンセプトに合う駅名にするのは当然かと思います。



そういえば、東武野田線の愛称が、突如「アーバンパークライン」に決定したと思ったら、清水公園で東武がやってる分譲開発地が「アーバンパークタウン」に決定してたりしましたね。


鉄道主体だけじゃやってられない時代ということですかね。



以上、再開発地域が「高輪ゲートウェイシティ」とかになったら、高輪GWから2駅の大崎ゲートシティと被りそうで、それはそれで小さな界隈で揉めそうだなと思う超特快でした。

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新庄14:18発→北山形15:28着 奥羽本線普通 701系5500番代

新庄から奥羽本線で南下。同じ701系でも、標準軌用はテールランプが上部にあるので、他とはちょっと違う印象。

そうそう、奥羽本線の新庄以南と言えば、新在直通で標準軌になってるんですが、あれね、つばさって山形以北にそんなに来ないのね。まぁ、普通列車でも1時間ちょっとなので、特急料金の節約にはちょうどいいかも。

 
あえて山形ではなく北山形で降りたのは、左沢線への接続の関係。

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北山形15:32発→左沢16:08着 左沢線普通 キハ101形

盲腸線の左沢線に初乗車。この路線はキハ110系ではなく、キハ101形という、全長が17mのちょっと小さい車両。

オールロングシートで、トイレ無しという、路線延長が短く所要時間も短め、そしてラッシュ時はそれなりの利用がある左沢線専用機と言ったところでしょう。

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左沢線の沿線風景もひたすら田んぼ。はえぬきかな?奥には奥羽山脈か?

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最上川がU字に蛇行する脇を抜けたら、もう終点の左沢。

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これで左沢線全線制覇。

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これでついにJR東日本の乗車率80パーセント越えですよ。

ここまで長かったけど、ここからも長い。まだまだ未乗区間がJR東だけで1400㎞越え。しかもほぼほぼ北東北を残しましたので、ついに週末パスで行けない場所だらけ・・・・・・。


次回はちょっとだけ左沢駅の紹介でもしようかと思います。

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